睡眠改善は個別化が大切 ~「快眠のコツ」を安易に試してもうまくいかない理由を、野球のたとえ話で考える~
睡眠改善には万人に効く方策がなく、むしろ個別化が重要である理由を、野球のたとえ話を交えて説明します。

睡眠に関する記事やアドバイスには、「こうすれば熟睡できる!」という類の情報があふれています。
そうした情報はもちろん参考になることもありますが、その前にひとつ、知っておいていただきたいことがあります。
それは、睡眠改善には誰にでも勧められる絶対的な“正解”がほとんどないということ。
なぜなら睡眠の問題は、その内容も、背景にある要因も、最適な解決策も、一人ひとり違うからです。
ホームランを打つために、最も効果的な練習は?
ちょっとした遊び心も込めて、たとえ話をひとつ。
野球選手が「ホームランを打ちたい」と悩んでいたとします。
コーチはどのようにアドバイスをすればよいでしょうか?
おそらく、すぐに正解を示すことはできません。なぜなら、状況によって最適な対策が異なるからです。
たとえば、
パワーが足りない → 筋トレ
バットの振り方が良くない → 振り方を修正
ボールがよく見えていない → 眼鏡やコンタクトを試す
ケガで力を発揮できていない → けがの治療
バットが合っていない → バットの交換
打つ力は十分だが、守備が下手で試合に出られない → 守備練習
中学生がプロ並みの飛距離を望んでいる → 年齢に応じた目標の再検討
体格や体質的にホームランは非現実的 → ホームランを諦め長所を生かす
などといった可能性があります。
ここで「バットの振り方が良くない」選手に、もっとボールが見えるよう眼鏡を勧めるのは的外れです。
「眠りが浅い」の背景も、人それぞれ違う
睡眠も、よく似ています。
たとえば、「もっと深く眠りたい」と悩んでいる人がいたとして。
やはり、一律の解決策を示すことはできません。
運動不足で睡眠が深くなりにくい → 日中の行動習慣改善
睡眠の時間帯が体内時計とずれている → 体内時計の調節・矯正
不安や心配事の影響 → 就寝前の切り替え or 心配ごとの解決
睡眠時無呼吸の影響がある → 睡眠時無呼吸の対策
寝室環境や寝具の問題 → 環境や寝具を整える
眠りは十分深いが、睡眠時間が短いため眠気がある → 認識をあらため量を増やす
年齢を重ねても、若い頃と同じ睡眠を求めている → 年齢に応じた目標の再設定
体質的に深い睡眠が出にくい → 受け入れて悲観し過ぎない
などの可能性が考えられるのです。
ここで「寝室の遮光が不十分」な人に、就寝前の瞑想で気持ちを切り替えるよう勧めても解決には至りません。
仮に要因が同じでも…
また、野球も睡眠も、仮に悩みの要因が絞り込めたとしても話は終わりません。
たとえば、ホームランを打てない要因が、「バットの振り方が良くない」と分かったとして。
どんな振り方がその人に合うのか、その振り方をどうやって身に着けるのか、などにも個人差が出てきます。ある選手にとって理想的な振り方や練習法が、別の選手にとっても最適とは限らないのです。
同じように、深く眠れない要因が「不安や心配ごと」だと分かったとして。
寝る前に本を読んだり、リラックスできる動画を見たりすることで、気持ちをうまく切り替えられる人もいます。けれど、その程度では効果がないほど切実な悩みを抱えている人もいます。
就寝前の仕事の連絡の習慣をやめることで解決する人もいれば、仕事上どうしてもそれがかなわない人もいます。
セルフケアだけでなく、専門的な支援や薬物療法が助けになることもあるでしょう。
「ホームランを打ちたい」「もっと深く眠りたい」という具体的な悩みであっても、万人に共通する解決策を見つけることは容易ではないのです。
そもそもの悩み種類も多様
そして現実的に、野球選手の悩みは「ホームランを打ちたい」だけではありません。
速いボールを投げたい、肩が痛い、フライが取れない、試合になると緊張してしまう、などさまざまです。
睡眠の悩みも同様で、「もっと深く眠りたい」だけはありません。
日中眠い、寝付けない、夜中に目が覚めて眠れなくなる、眠っても疲れが取れない、夢を見るのが嫌だ、などさまざまです。
悩みの種類によっても、とるべき解決策は変わってくることがほとんどです。
安易に筋トレをすると、けがで痛みがある選手が悪化させてしまう恐れがあるように。
一見すると万人向けの「睡眠時間を十分に確保して、しっかり眠りましょう」というアドバイスでさえ、なかなか寝付けない人に対しては、眠れない時間をさらに増やしてしまうリスクを孕んでいるのです。
だから睡眠改善は、個別化が大切
悩みの種類も、その要因も、その人に合った解決策も人それぞれ。
だから、睡眠改善においては個別化が重要なのです。
問題を具体的に整理し、その背景にある要因を探りながら、その人の性格や体質、生活の事情も踏まえて、解決策を探していくことが大切です。
参考文献・出典
睡眠衛生教育だけでは不眠への効果は限定的
Ruan, J. Y., Liu, Q., Chung, K. F., Ho, K. Y., & Yeung, W. F. (2025). Effects of sleep hygiene education for insomnia: A systematic review and meta-analysis. Sleep Medicine Reviews, 82, 102109. (不眠に対して一般的な睡眠アドバイスだけでは、十分な改善につながらないことがあると示した系統的レビュー・メタ解析)
不眠では「一律の睡眠アドバイス」だけでなく適切な治療選択が重要
Qaseem, A., Kansagara, D., Forciea, M. A., Cooke, M., & Denberg, T. D. (2016). Management of Chronic Insomnia Disorder in Adults: A Clinical Practice Guideline From the American College of Physicians. Annals of Internal Medicine, 165(2), 125–133. (慢性不眠症の成人に対して、CBT-I を初期治療として推奨するガイドライン)
睡眠時無呼吸では「寝る前の工夫」だけでなく病態に応じた治療が必要
Patil, S. P., Ayappa, I. A., Caples, S. M., Kimoff, R. J., Patel, S. R., & Harrod, C. G. (2019). Treatment of Adult Obstructive Sleep Apnea With Positive Airway Pressure: An American Academy of Sleep Medicine Clinical Practice Guideline. Journal of Clinical Sleep Medicine, 15(2), 335–343. (成人の閉塞性睡眠時無呼吸では、客観的評価に基づき、PAP を中心とした治療を行うことを示したガイドライン)
文責:谷 明洋 (S'UIMIN 睡眠ウェルネスアドバイザー / 元日本科学未来館 科学コミュニケーター)
監修:柳沢 正史(S'UIMIN 取締役会長 / 筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構 機構長)

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